荒川印刷ブログ

国立12大学が赤字決算 ― 「経費適正化」と「収入基盤の拡充」が同時に進む、大学広報のこれから ―

2026812日、文部科学省は「東京大学の財務状況に関する報道についての見解」を公表しました。

きっかけは、東京大学が2025年度決算で赤字となったことを報じた一部報道です。文科省はこの見解のなかで、2025年度決算で12の国立大学法人が損益計算書上の赤字となったこと、しかしそれが直ちに資金不足を意味するものではないことを説明しました。

一見すると、国立大学だけの、しかも会計上の技術的な話に見えます。ただ、この見解に含まれた「なお経営努力が必要」という一文と、東京大学自身が掲げた「収入基盤の拡充」という方針は、国立・公立・私立を問わず、大学の広報物のあり方に関わってきます。

この記事では、大学の広報・企画ご担当の皆さまを主な読者としつつ、公表された内容の要点を整理したうえで、印刷物とWebの設計にどう影響するかを考えてみます。

公表された内容の要点

文科省の見解と、これに先立つ東京大学の見解(202687日公表)で示された主な数値は、次のとおりです。

項目

数値・内容

2025年度決算で損益計算書上が赤字となった国立大学法人

12法人

東京大学の資産総額

15,217億円

うち現金および預金

1,262億円

利益剰余金

1,546億円

保有する寄付金

861億円

2025年度キャッシュフロー計算書

25億円の黒字

東京大学の2026年度予算

当初から44億円の赤字を前提に編成

国立大学法人運営費交付金

2025年度補正+2026年度当初で前年度比609億円増(うち東大に37億円措置)

 

損益上の赤字と、資金繰りは別の話

まず押さえておきたいのは、損益計算書上の赤字が資金ショートを意味しないという点です。

国立大学法人会計基準では、設備の減価償却費が現金支出を伴わずに費用として計上されます。また、寄付金は受け入れた時点では収益に計上されません。この2つの理由から、損益計算書上は赤字であっても、キャッシュフロー計算書は黒字になる場合があります。東京大学の2025年度がまさにそれで、文科省は「資金ショートの状況にはない」「研究者の削減を検討しているような事実はない」と明言しています。東京大学自身も、一部報道にあった「研究者数の削減が不可避」との記載を否定しています。

つまり、「東大が経営危機」という受け止め方は正確ではありません。しかし、だからといって何も起きていないわけでもない、というのがこの見解の読みどころです。

 

「なお経営努力が必要」という一文

文科省は、東京大学が2026年度予算を当初から44億円の赤字を前提として編成している点について、「なお経営努力が必要」と指摘しました。そのうえで、大学病院におけるマネジメントの強化、教育研究組織の新陳代謝、事務組織の効率化・合理化などが求められるとしています。

行政文書としては、かなり踏み込んだ表現です。そして「事務組織の効率化・合理化」「経費適正化」という言葉が国から名指しで出た以上、管理的経費には削減圧力がかかります。印刷費・郵送費は、その管理的経費のなかでも真っ先に俎上に載りやすい費目です。

東京大学の側も、人件費や物価上昇の影響で財務環境が厳しさを増しているとの認識を示し、収入基盤の拡充と、業務構造改革による効率化・経費適正化を進める方針を明らかにしています。

 

国立大学だけの話ではない

ここまで国立大学の話をしてきましたが、コスト構造の見直しという点では、私立大学・短期大学も同じ局面にあります。

物価と人件費の上昇は設置形態を問いませんし、18歳人口の減少という前提も共通です。実際、紙媒体の見直しでもっとも大胆に動いたのは私立大学でした。近畿大学は20263月、受験生向け大学案内の紙冊子の発行を終了しています。前年度の発行部数は175,000部。あわせて大学案内Webサイト「KINDAI GRAFFITI」を開設し、SNSでの発信を強化する体制に切り替えました。

公立大学にも同様の動きがあります。横浜市立大学は、入学者選抜要項について2026年度版からWeb掲載のみとし、冊子での配布を取りやめました。

こうした事例は、「経費削減のために紙をやめた」という単純な話ではありません。近畿大学は、ペーパーレス化を進めるとともに、AI時代の情報収集に対応し、受験生がスマートフォンから情報を得やすくするため、大学案内の発信をWebサイトとSNSへ切り替えました。前提となる情報行動が変われば、媒体設計も見直す必要があることを示す事例といえます。

 

大学広報の現場で、いま起きていること

以上を踏まえると、大学の中では方向の異なる2つの動きが同時に進んでいることが見えてきます。

ひとつは、事務経費としての印刷の圧縮

募集要項、選抜要項、大学案内、各種帳票、通知文書。これらは「経費」として計上され、削減対象として検討されます。とくにWebで代替できると判断されたものから順に、部数削減、配布先限定、あるいは廃止へと進みます。この流れは今後も続くと見ておくべきでしょう。

もうひとつは、収入基盤の拡充のための広報投資

一方で、東京大学が明言した「収入基盤の拡充」は、実務的には寄付金募集・産学連携・同窓会組織の強化を意味します。文部科学省の中央教育審議会も20252月の答申で、公財政支援だけでなく企業等からの寄附金や社会からの投資の拡大が重要であり、寄附を戦略的・継続的に集めるための組織体制の構築と専門人材の育成・確保が求められる、としています。

そして寄付募集は、いまなお紙の比重が高い領域です。募金趣意書、寄付者向けの年次報告、感謝状、記念銘板、周年事業の記念誌。いずれも、受け取る相手に敬意が伝わる品質が求められる媒体であり、単純な価格競争になりにくい仕事でもあります。東京大学が861億円の寄付金を保有しているという事実は、裏を返せば、この規模の資金を集め続けるために継続的な広報投資が行われているということでもあります。

同じ大学の中で、事務経費としての印刷は削られ、ファンドレイジング関連の媒体は充実していく。この逆方向の動きを、ひとつの組織の中の話として捉えておくことが大切です。

 

荒川印刷としての支援:削るところと、投じるところを一緒に整理する

名古屋を拠点に大学・学校法人の印刷物やWebサイト制作を行っている荒川印刷としては、今回の一連の動きを「媒体全体を棚卸しするきっかけ」として捉えています。

「なくせる紙」と「なくせない紙」を仕分ける

経費削減の局面でもっともよくないのは、媒体ごとの役割を検討しないまま、一律に部数や点数を削ってしまうことです。結果として、削っても問題のなかった冊子が残り、残すべきだった媒体が消える、ということが起こります。

私たちは、広報・業務で使われている媒体を確認しながら、Webや電子配布に置き換えられるもの、部数を見直せるもの、紙で残すべきものを一緒に整理するご相談を承っています。印刷物の制作だけでなく、媒体ごとの役割や運用を見直すところからお手伝いします。

印刷会社が自ら印刷物を減らす提案をするのは、奇妙に映るかもしれません。しかし、削減の議論に加わらないまま、気づいたときには発注そのものがなくなっていた、という事態は避けたいと考えています。媒体ごとの役割を見極め、紙とWebを適切に使い分けることが、お客様にとっても私たちにとっても、長く良い関係につながると考えています。

部数の見直しとオンデマンド印刷の活用

「昨年と同じ部数で」という発注を続けている媒体はないでしょうか。近畿大学の175,000部という数字は極端な例ですが、多くの大学で、見直しの余地があるケースも少なくありません

配布先ごとの必要部数を実績から洗い直したうえでオンデマンド印刷を併用すれば、初回ロットを抑えて追加を機動的に刷る運用ができます。在庫リスクを抑えられるだけでなく、制度変更や特別措置の追加で内容の差し替えが生じたときにも柔軟に対応できます。「高校訪問用に50部だけ」「オープンキャンパス前に急ぎで」といったご要望にもお応えしています。

寄付募集・周年事業の媒体づくり

募金趣意書や寄付者向けの年次報告は、募集要項とはまったく性質の異なる媒体です。読み手は受験生ではなく、卒業生・企業・地域の支援者であり、求められるのは情報の網羅性ではなく、「この大学を支えたい」と思っていただける説得力です。

紙質、印刷技術、造本、封入まで含めた設計が結果を左右する領域でもあります。周年記念誌や式典プログラム、感謝状といった媒体も含め、大学の姿勢が相手に伝わる形をご提案します。基金室・広報室・社会連携部門など、これまで印刷物のご相談があまりなかった部署からご相談をいただくことがあります。

紙とWebの役割を整理する

紙媒体に情報を詰め込みすぎてページ数もコストも膨らむ一方、Webサイトにも同じ情報が別の形で掲載されていて、両方の更新に手間がかかっている。そうした状態は少なくありません。

紙は「関心を持ってもらう入口」、Webは「詳細を確認する場所」と役割を分けると、紙媒体はむしろ薄く、伝わりやすくなります。QRコードでWeb出願ページや寄付申込フォームにつなげば、資料を手に取った方をそのまま行動に導けます。印刷物とWebを一体で設計することで、無理のない導線をつくることができます。

 

削減と投資は、同時に判断するもの

2025年度決算で12の国立大学法人が損益上の赤字となったこと自体は、会計基準の性質を踏まえれば過度に不安視すべき事柄ではありません。しかし、文科省が「経営努力が必要」と述べ、東京大学が「収入基盤の拡充」を掲げたという事実は、大学の予算配分が組み替えの局面にあることを示しています。

守りの経費は削り、攻めの広報には投じる。この配分の組み替えが進むとき、印刷物の総量は減るかもしれませんが、一つひとつの媒体に求められる役割はむしろ重くなります。何のためにその媒体があり、誰に何を伝え、どんな行動につなげたいのか。その問いに答えられる媒体だけが残っていく、ということでもあります。

荒川印刷では、印刷物とWebの両面から、大学それぞれの目的に合ったコミュニケーション設計をお手伝いしています。広報ツールの棚卸しや部数の最適化、寄付募集媒体の制作についてお考えの際は、お問い合わせフォームからお気軽にご相談ください。

 

本記事の数値は、文部科学省が2026812日に公表した「東京大学の財務状況に関する報道についての見解」、東京大学が202687日に公表した「本学の財務状況に関する報道について」、および報道各社の集計に基づいています。国立大学法人会計基準の性質上、損益計算書上の赤字とキャッシュフローの状況は一致しないため、単年度の損益のみで各法人の財務状態を評価することはできません。紙媒体の見直し事例として挙げた各大学の対応は、公表時点の内容です。

参考: